チャン・ヨンシル~朝鮮伝説の科学者(장영실) ☆☆☆
2016年のKBSの大河ドラマ、全24話
演出 キム・ヨンジョ(「近肖古王」「シンデレラのお姉さん」いずれも共同演出)
脚本 イ・ミョンヒ(「エア・シティ」共同脚本)、マ・チャンジュン
出演者
ソン・イルグク(チャン・ヨンシル役)、 キム・サンギョン( 世宗イ・ド役)、キム・ドヒョン(イ・チョン役)、キム・ヨンチョル (太宗イ・バンウォン役)、
パク・ソニョン(ソヒョン(韶賢)翁主役)、イ・ジフン(チャン・ヒジェ役)、カン・ソンジン(ソック役)
(*ソヒョン翁主以下は架空の人物です)
最高視聴率14.1%(AGBニールセン)
*このドラマのアンケートを作りました。ご覧になった方に参加していただけると嬉しいです。
世宗の時代、奴婢の身分に生まれながらも天才的な科学者として、緯度計測器である簡儀、さまざまな日時計・水時計等数々の業績を上げ、従三位まで上り詰めた人物の一代記。
ソン・イルグクの8年ぶりの時代劇出演もまた、話題でした。
全24話と、大河ドラマにしては話数が少ないのは、主人公のチャン・ヨンシルについて、記録がかなり少ないことによるようです。
その話数にしても、やはり事実を語るには情報が少なく、創作の部分が多いようなので、大河を名乗るには、ぎりぎりって感じかな?
それでもこのドラマを大河ドラマらしい感じがするのは、世宗や太宗に「大王世宗」と同じ役者を起用することにより、「大王世宗」のスピンオフ的な雰囲気を持たせることに成功したためかな、とも思います。
もちろん、主人公のヨンシルの設定が同じではありませんから、スピンオフと言うことはできないのですが…。
歴史ドラマとしては珍しく、科学者というか発明家が主人公なので、彼の発想の元を探る過程とともに、彼の制作した機器(実存しているものしていないものを合わせ)を復元したセットもまた、見どころです。
歯車を中心として、動く機械の美しさが魅力的です。
ただ、 玉漏に関しては、ちょっとメルヘン過ぎじゃない?って感じもありましたが。
前述のように、実在のチャン・ヨンシルの生涯については記録に残っていることも少なく、その周りには架空の人物を多く配して物語を組み立てているのですが、その中で中心となるのはイ・ジフンの演じるチャン・ヒジェだと思います。
ヒジェはヨンシルのいとこにあたるのですが、官妓の母を持つヨンシルに対し、母の身分が高いため、両班の身分。
幼い頃はやみくもにヨンシルを虐めていたのですが、大人になってからはヨンシルのことを認めるようになる人物です。
でも、認めつつもヨンシルの才能に嫉妬してしまうヒジェ。
モーツアルトとサリエリのような関係となります。
嫉妬し、野心を燃やしながらも格物(現在でいうところの天文学・科学・数学・工学などの多岐にわたる知識)を愛する者として友情を持育むことになるのね。
ヨンシルは彼のために苦難を与えられもするのですが、彼によって助けられたりすることもあり、この二人の関係が物語の展開に大きくかかわることになります。
(この部分が面白かったので、私としてはヒジェの退場がすこし早かったような気もしました。)
と、ヒジェの存在は架空なのですが、その背後の士大夫の抵抗は事実のようです。
明は暦を独占しており、朝鮮が独自に天体観測をして暦を作っていたことを知られれば一大事。
士大夫たちは明の怒りを恐れ、また、身分制度を揺るがす、とヨンシルを排除しようとするのね。
身分制度を揺るがす、というのは結局、重要ポストに就くための身分を広げると、自分たちの既得権が奪われる、ということのようですが…。
このドラマと同時期にKBSワールドでは「歴史ジャーナルその日-チャン・ヨンシル編」というのをやっていたのですが、そこではこの話題に関して、文官のポストを与えて刺激しないようにと武官である上護軍のポストを与えた、という説明がなされていて、なるほど~と思いました。
そういう抵抗勢力から守るために世宗はヨンシルを近くに置き、二人三脚で次々と新しい機器を作り、この時代の挑戦の科学水準を世界最高レベルまでに押し上げた、と言うこともまた、事実のようです。
この、世宗とヨンシルが互いに相手を大事に思い合う姿もまた、注目すべき点だと思います。
最近の言葉ではブロマンス(ブラザー+ロマンス。2人もしくはそれ以上の人数の男性同士の近しい関係のことで、性的な関わりはない)って感じにも描かれています。
一方、そちらの関係が濃密なせいか、このドラマではラブラインはあるものの、あまり前面には出てこない感じでした。
ソヒョン翁主を演じるパク・ソニョン、「王の女」では物足りなく感じた彼女の持つあまり押しの強くない部分がこのドラマではプラスに働いていたと思います。
そして、終盤です。
まず目を引いたのは、登場場面は少ないのですが、世祖が魅力的に思えたんですね。
もちろん、クーデターで王になった人なのでヒール(悪役)なんですが、イ・バンウォンに通じる魅力があるように見えて、なんだか新たな世祖のドラマが見たくなりました。
そして、ヨンシルの生涯で一番の謎である彼の追放についてです。
ドラマ中では、王の乗る輿に殺人のための仕掛けがされていて…というのは脚色で、そもそも王が輿に乗る前に壊れたようなんですが、いずれにせよ、ここで世宗はヨンシルを手放すことになるんですね。
その理由にハングル創生をについて絡めているのが、時期的にも、なるほどでした。
そして、追放後のヨンシルについてです。
これだけの実力のある人が宮を追われても、ひっそり暮らすことなんて無理なんじゃないか、と思いますよね。
韓国では彼がヨーロッパに渡って…なんて小説もあるようですが、そういう結末をつけたくなる人物ですね。
でも、このドラマはそういう突飛(だけどよくある)な説に頼ることなく、納得の理由を描いています。
小粒な印象はありますが、科学者という異色の主人公の大河ドラマ、ご覧になれば、きっと得ることも多い作品なんじゃないでしょうか?
そして、つけたしです。
ドラマとしては満足の結末だったのですが、歴史としてみた場合、ヨンシルの業績がその後につながらなかったのが残念ですね。
ヨンシルが作った機器なども、修理さえできなかったとか。
格物への継続した支援があればきっと違ったのでしょうね。
それとともに思うのが日本の現在です。
今でこそ、多数のノーベル賞受賞者が出てきていますが、大学ですら解体の方向に動いているんですよね。
すぐには結果の出ない研究への支援がなければ、これからの科学分野での発展は望めないのではないか、などということも思いました。